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東京高等裁判所 昭和42年(ツ)7号 判決

上告人 黒川一

右訴訟代理人弁護士 古関三郎

被上告人 鈴木喜作

右訴訟代理人弁護士 阿部民次

石川清子

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右破棄部分につき本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人は、上告人が別紙目録二(一)記載の建物は上告人の所有に属しないと主張し、その証拠の申出をしたのに拘らず、原審はこの点につき審理をせず、右建物を上告人の所有に属するものとして収去しその敷地の明渡すべき義務があると判示しているのは理由不備の違法があるというので、しらべてみると、本件記録によれば第一審以来、被上告人は別紙目録二(一)記載の建物の現在の所有者が卒直に上告人である旨の主張をした形跡はなく、単に右建物は上告人の築造に係るものであることを主張して来たのに対し、上告人において右主張事実を認めて来たが、原審の最終口頭弁論(昭和四十一年八月十二日)に到って、右建物が上告人の築造に係るとの従来の主張をひるがえし、同建物は当初訴外中林三郎が建築所有していたもので、同人の死後その弟訴外中林唯男の所有に帰し、更に同人より訴外有限会社中林製作所の所有に移ったものである(同弁論において上告代理人の陳述した昭和四十一年八月十二日付準備書面に基く)と主張したので、被上告人は上告人の右主張は自白の取消であり、右取消には異議があると述べていることが認められる。

以上の事実からすれば、被上告人は係争建物が上告人の築造に係ることを主張しただけで、右建物が上告人の所有に属することを卒直に主張してはいないが、暗にこれを主張しているものと解し得られないわけではない。しかし主張自体は、建物の築造者が上告人であることを表現しているにすぎないので、右事実を認めた上告人としては、その建物の所有者が上告人に属することを認めたものとは必ずしも云えない。もとより建物の製造者は特段の事情が認められざる限り、その建物の所有者と推定されるであろうが、建物の築造の事実は、所有権の所在を証する資料にすぎず、従って所有権の所在自体の自白とは云えない。しかしながら上告人が建物の築造者であることを認めていたのに、後日、右主張を変更し「建物を築造したのは他人であり」建物の所有者もその者であるというのは建物の築造者について自白の取消に当るものというべく、従ってその取消が有効とされるためには、上告人において建物を築造したというのは事実に反し、錯誤に基くものであることを立証しなければならないわけである。上告人は右立証の申出をしたと主張するけれども、本件記録に徴し上告人が右の如き申出をした事実は認められない。しかし、元来別紙目録二(一)記載の建物が上告人の所有に属することは被上告人の主張立証すべき事項であり、建物の築造者が上告人であるとする被上告人の主張中に、建物の所有が上告人に属することの主張が、前述の如く暗に含まれているとしても、その建物の築造者について自白の取消の主張があったに拘らず、従来の自白に安んじ、その自白の取消について判示するところなく安易に上告人を建物の所有者として、その建物収去の義務があると判示した原判決には、理由不備の違法あるものと云わざるを得ない。本件上告はその理由がある。

よって民事訴訟法第三百九十五条第四百七条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富次郎 裁判官 石田哲一 加藤隆司)

〈以下省略〉

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